題名「バレンタインデー物語」
――――――――――――――――――――基本設定――――――――――――――――――――
季節は「冬」 時期は「二月十四日」
主人公 ……一ノ瀬 まひる (いちのせ まひる)
友達の妹……胤森 由美 (たねもり ゆみ)
友達 ……胤森 一茂 (たねもり かずしげ)
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僕は今日、ずっと逢っていなかった友達の家に来ていた。いや、正確には呼ばれたのだ。
――ピーン、ポーン……。
インターホンを押してみる。
足音がしたと思うと、玄関のドアが勢い良く開く。
「はぅ!」
その勢いが膝に直撃し、右手で押さえながら、
「ゆ、由美、か。俺だ」
言ってみる。
「え、あ、ま、まひるくん? ってどうしたの、膝なんか押さえて」
出てきた少女――胤森由美は気付いていないらしい。自らの行為が引き起こした物理的攻撃だということを。
「いや、さっきの勢い良く開いたドアに当たった。正直、痛い」
「ごめんなさい! だって、今日は兄ちゃんが誰も絶対に来ないって……」
俺を呼んだアイツが、俺が来ないって?
「もし誰か来たら、思いっきりドアを開けろって」
……。
まあ、申し訳なさそうに俯いているのが可愛いから、許す。
「じゃあ、俺をここまで呼んだ兄ちゃんを、今ここに呼んでくれないか?」
「うん」
そう言い残すと、彼女は兄を呼ぶために家へと入っていく。
『兄ちゃーん!』
家の外で立っていても、由美の声が聞こえてくる。よほど大きな声を発しているに違いない。
ドタドタドタと、階段を急いで駆け下りる足音が聞こえる。ふん、あと数十秒で死の世界を垣間見ることになろうとは一縷も思っていないだろうに。
ドアが開いた。
「すま――」
謝る言葉を発そうとしていた友達――胤森一茂の腕を引っ張り、彼の妹である由美に見えないようにする。
塀ブロックに寄せて、身動きが取りにくい状態にする。
「さあ、一応尋ねてあげるけど、どういうことなのかな♪」
とりあえず相手を安心させるために、優しい言葉遣いで尋ねてみる。
決して、キレそうで冷静になっているのではありません。
「ま、まひるくん? なんか、とっても怖いんですけど……?」
いえいえ、決して怖くないですよ。
「せっかく友達の頼みだし、少し遠いけど行ってやろうかな。そう思った俺がバカだったのかな?」
「滅相もない。ちゃんと訳がありますよ」
「それはそれは。見させて頂きましょうか。その訳、とやらを」
一茂と僕は、肩を組んで胤森家へと入っていく。傍から見ると、真冬なのに妙に暑苦しい奴らがいると思ったかもしれない。
階段を上るとき、2階から下りてきた由美が一茂にウィンクしたのを見逃してはいなかったが、そこは伏せておくことにした。
部屋に着くや、彼は机の上に置いてあった紙を握り潰してポケットに突っ込んだ。これは見逃せまい。
「えっと、何かな? それは」
「わっ、バカ! やめろって!」
如何せん、腕が勝手に動いてしまう。動き出した腕は、ポケットに入り込んだはずの紙ボールを掴んだ。
「ゲットー」
手に入れた紙ボールを取り返されないように、玄関を向かいながら広げていく。
【気付かれないようにお願いね!】
意味が分からない。いや、それは当然なんだけれど。分かると言ったら、これは由美の字であることだけ。文字のインクが掠れているので、ついさっき書いたものなんだろう。
「あちゃー。お前ってモテる?」
「余計なお世話だよ。つーか、お前にだけは言われたくない」
「まあ、どうでも良いわ」
僕はどうでも良くないけどね。貶されたし。
「用がないんだったら、俺は帰る」
「おう!」
あー、絞め殺す?
「お邪魔しましたー」
言って玄関のドアを開けようとしたとき、階段を駆け下りる音が聞こえだした。
「何の用かな?」
満面の笑みを用いて、僕は彼へと振り返る。
「ほらよ」
「ごめん、そんな趣味は持ってないから貰えない」
彼が僕の前に出したのは、クマさんやウサギさんの絵で可愛く包装されたプレゼントだった。
今日は二月十四日。お気付きであろう、バレンタインデーだ。
そんな日に貰えると言ったら、
「チョコレート、でしょ?」
「そうだ、やるよ」
……。
「だから、そんな趣味は持ってないよ。ごめん、受け取れない」
「俺からじゃねぇーよ」
「じゃあ、誰からなのかな?」
攻める、責める。
「ごめん、やっぱ俺から」
ほら。何度も言うけど、僕にはそういう趣味はないわけなので、
「帰る。由美ー、お邪魔しましたー」
「え、もう帰るの? まだいてもいいのに」
リビングのドアから顔をひょっこり覗かせた由美は、残念そうだった。
「それがね、由美。キミのお兄ちゃんは“ゲイ”と呼ばれる極めて稀な特殊性癖を持っているんだよ。それで俺に興味があるみたいで……」
身振り手振りを交えて、懇切丁寧に彼女に教えてあげた。
彼女はビックリしたような顔で、自分の兄ちゃんを見て、
「そ、うだったんだ……。で、でも私は引かないよ! 避けるかもしれないけど……」
「余計に悪いわ!」
兄妹の会話に首を突っ込むというのは野暮ってもんなので、放置して帰ろう。
僕は玄関のドアノブを回し、ドアを開けた。
外の空気は清清しくて、とても気持ち良い。寒気が肌を刺激し、それがまた快感だ。一気に幻想的な気分に陥る。
「だから! 何も言わずに持っていけ、バレンタインチョコ」
幻想的な気分は、一気に現実に戻された。
「まひるくん。兄ちゃんの気持ち、受け取ってよ」
妹まで仲間にして……。僕にそこまで興味があるのだろうか。
「仕方ない。貰ってやるよ、お前の気持ち」
「ありがと。由美、俺は友達のまひるくんをそこまで送っていくよ」
「うん、分かった。まひるくん、絶対にまた来てよ」
絶対に? それは来るけど……。
「うん。絶対に来るよ。じゃあねー」
笑顔で由美に手を振っていると、一茂に手を握られた。そして、そのまま家を出た。
「放せよ、気味悪いな」
握られていた手を振り解き、前で抱くように守る。
「おい、まひる」
塀ブロックに躰を押し付けられて、身動きが取れなくなる。
「お、お前っ! 俺に何の恨みがあるんだよ! 変態野郎が!」
どうにかしてこの体勢を正そうと、必死になって足掻いてみる。しかし、相手のほうが力強い。
なので、
「ば、バカ! 声がデカイって!」
そう言って、一茂は僕の口を手で覆う。
「んー! んー!」
思いの外、声を発することができなかった。これは単に一茂の力が強いだけではない気がする。
「よく聞け。そのバレンタインチョコは正確に言うと俺からじゃない」
「ん?」
「お前だって俺の机に置いてあった紙を知っているだろう? よーく思い出してみろ」
……。
【気付かれないようにお願いね!】
「んっ!」
「気付いたか!?」
口を覆っていた手の力が弱まる。喋らせるために力を加減したのだろう。
「知るか! 変――っうぷ」
急に力が強まった。その勢いで塀ブロックに後頭部をぶつけてしまうという、安易な事故を引き起こしてしまった。
「わ、わりぃ。つい……」
“つい……”って何だよ。
「で、話を戻すぞ。今から話すことは、絶対に誰にも言うなよ!」
僕は可能な限りに大きく頷く。でないと、早くしないとご近所の奥様がたに見られる可能性があるからだ。
「お前が貰ったチョコ――俺があげたチョコは、由美からのバレンタインチョコなわけだ」
コクリと頷く。
「で、紙に書いてあった【気付かれないようにお願いね!】は、俺がお前に渡すのに、由美からのチョコだと気付かれないように渡して、という意味だったのだ」
コクリ。
「よって、俺は“ゲイ”じゃない! 分かったな?」
コクリ。
「物分りの良い友達で良かった。悪かったな」
やっと上手に呼吸ができるようになった。
空気ってサイコー!
「絶対に言うなよ!」
「おう!」
そう言い残して、僕たちは背を向けて歩いていく。
それは時に残酷で、時に優しい恋路なのかも知れない。
しかし、これだけは言いたい。
僕は……年下にモテるのだろうか?
道を歩いていく彼――一ノ瀬まひるの手には、可愛らしく包装されたチョコが握られていた。
フィクション&ノンフィクションですよ。
フィクションは少ないですけどね。