題名「卒業物語」


――――――――――――――――――――基本設定――――――――――――――――――――

季節は「冬」


登場人物

京 竜彦(かなどめ たつひこ)
金盛 隆二(かなもり りゅうじ)

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 教卓には担任の先生が立っていて、生徒たちは歌を歌っていた。

 ――キーンコーンカーンコーン。

 チャイムが鳴り、歌も終わりを迎えた。
「先生! 3年間ありがとうございました!!」
 皆で声を揃えて、お世話になった先生にお別れの言葉。
 先生の目には、幽かに涙が浮かんでいる。周りの生徒も同様に泣いている。
 声に成らぬ言葉を先生は紡ぎ、教室から出て行く。それに続くように、ぞろぞろと生徒が出て行く。
 卒業生の歩く道の端には、在校生や保護者が列を成していた。
「もう、終わりなんだよな、竜彦。俺たちの中学生活は」
 後ろから話しかけてきた隆二に、竜彦は『ああ』と返事をした。
 隆二こと金盛隆二は、この学園で一番の金持ちだと言われている。なんでも、父親が外科の医者だとか。
「俺は他の学校に行くけど、お前は高等部に進むだけだもんな。あー、なんだか寂しくなっちまった」
「寂しい、か。でも、ケータイで連絡とれるからなー」
 実際はそう思っていた。だって、そのために携帯電話があるんだから。
「バーカ。そんなことは誰だって分かっているって。でもな、面と向かって話すんじゃあ、何かが違うんだよ」
 と言うより、別れてすぐに寂しくなるものなのか? そんなことのために同窓会って言うのがあるんじゃないのか? 疑問に思っていたことは心に留めて、竜彦は隆二に訊く。
「そんなものか? それよりも、先生の顔、見たか?」
 我ながら下手な話のずらし方だ。しかし、隆二は少しバカなので、竜彦が言わなければ分からないだろう。
「見た見た!」
 ほらね。
「あの先公の目に涙だぜ! 鬼の目にも涙(誤用)っつーのは本当らしいな」
「文字的には合ってる。でも、あの先生の目に涙が浮かんだだけで、周りの生徒も急に泣き出したよな」
「そうなんだよ。あれは多分、先公の泣き顔が二世まで覚えていそうなほど怖かったんじゃねーの?」
「それはありえないだろー」
 こんな他愛もないバカ話ができるのは、もう少しだけ。そんなことに、竜彦は気付いていなかった。
 先頭を歩く先生の足取りが覚束ない。もう少ししたら起こる別れを、クラスメートに呼びかけるかのように。
 竜彦と隆二は、他の生徒を見渡す。
 後輩に寄られる者、親に話しかけられる者、生徒同士で話し合う者、涙を堪えて歩く者。十人十色とはよく言ったものだ。
 ふたりの間にはしばらく会話がなくなり、前をしっかり向いて歩く。
 下足場に辿り着き、クラスメートと最後の別れをするために、初めて逢った頃の話をし出す者も。
「ひっぐ、うっ……」
「これで別れじゃないんだし、また逢えるでしょ?」
「うぅ……うん……」
 泣く者もいれば、慰める者も。俺は絶対に泣かない、と主張した者でさえ、周りを気にせず声を出して泣き喚く。
 そんな反面、竜彦と隆二は泣きもしない。
「つーか、なんでお前は高等部に繰り上がるんだ?」
「だって、お前の行く高校は偏差値が70ぐらいだろ? 俺には無理だって」
 俺の偏差値は60ギリギリなんだよ! と竜彦は威張ってみたくなった。
「俺の――」
「まあ、60じゃあキツイよな」
「…………」
 竜彦が威張ろうとしたことを言われてしまった。これに勝る悔しさは他にあるだろうか。
「余計なお世話だ」
「まあまあ、そう怒るなって。そうだ! 別れの記念に写メ撮る!?」
 そう言うと、隆二は規定のバッグから携帯電話を取り出す。
 ふたりで肩を並べて撮ろうと思って隆二が一歩寄ると、竜彦は一歩引いた。
「こらこら引くなって。野郎と写メを撮るのは嫌かも知れねーけどな、親友だろうが」
 それでも、竜彦が後退りするのを止めない。
「ほう、お前は勝手なときだけ俺を親友呼ばわりするらしいな」
「な、何のことだよ」
 しらばくれるらしいので、話してあげようか。
「えっと、隆二くんはー、ひとり王様ゲームとか言って僕の上履きに押しピンを入れてたことがあります」
「あ! あのときか! でも、根に持ちすぎだって」
「ふっ……。よって、俺はお前を親友だと思ったことはないな」
「あのときは悪かったって。……――うぉりやあ!」
 隆二は言うや、竜彦に向かって勢い良く飛んでくる。そう、文字通り。
 呆れたのか、華麗な某美少年が如き動きで回避した。
 しかし、さすがは隆二。しぶとさはゴキブリも泣いて謝るほどの凄さだ。竜彦の裾を掴み、それを軸にして一回転。ザーっと砂を擦る音がして、上手に着地する。
「なかなか手ごわいな。だが、甘いぞ!!」
 隆二は掴んだまま放していない裾を引っ張り、竜彦を引き寄せる。


「ベストショット――――!!」


 声と共にカメラ特有のカシャという音がする。
 そのままふたりとも地面に仰向けになり、片方が笑い出す。
 竜彦だった。
「な、ど、どうしたんだよ? 頭、打ったか?」
 当然な反応だ。嫌がってた竜彦の方から、しかも何の前触れもなく笑い出されたのだから。
「いや、なんかバカみたいだなって」
 ふたりの周りにはもう、生徒も先生もいなかった。
 時間に取り残されたかのように、下足場に仰向けになっているふたり。
「だろ。でも、こんなバカみたいなことができる時間なんて、もう残されていないんだよな」
「そうなんだよな。なんか、今さっきまで拒んでいたのが、嘘みたいだ」
 もう既に、隆二の目には涙が浮かんでいた。そんなことには気付かないかのように、竜彦は言葉を紡ぐ。
「俺さ、お前と会うまではガリ勉みたいなヤツだったんだよ」
 あまり話す気にはなれなかったことを、今になって打ち明けてみた。
「知ってるよ。まあ、知ってて話しかけたんだけどな。なんつーか、お前みたいなヤツだったら、俺も仲良くなれるかなって、さ」
 なんだ、知ってたのかよ。竜彦は少し暗くなったが、最後の言葉が引っ掛かった。

『俺も仲良くなれるかなって』

「ちょっと待てよ。お前は誰とでも友達になれるんじゃねーのか? 前だってそんなこと言ってたしさ」
「バカか、よ。お前は。俺はそんなに万能な人間じゃない。俺だってガリ勉候補だったよ。お前みたいにほぼ完全なガリ勉みたいなヤツだったら、勉強が一杯一杯で、友情関係なんてそんなに知らないだろうと思ってな。俺の昔を知らないんだったら、昔はなしにして楽に話せる友達になれるかなって思ったんだよ」
「そうだったのかよ。似た者同士だったのか、俺たちは」
「そうなんだよ」
 ……。
 しばらくの沈黙が続き、下足場は静寂に包まれる。
 ふたりは喋れないんじゃない。喋ったら、声を出したら、ばれるから。目を閉じて泣いていることが。

 ――キーンコーンカーンコーン。

「そろそろ、だな」
「ああ、そうだな」
 泣き止んだふたりの目は、赤くなっていた。
「「フフフ、アハハハハハ」」
 バカ笑い。まさにその通りだ。最後の別れを惜しむような、胸を締めつける笑い声。


 笑いながら、ふたりは靴を履く。
 歩きながら、ふたりは声を発す。
 そして、

「じゃあ、な。竜彦」満面の、
「ああ、また。隆二」笑みで。

 泣きながら、ふたりは思い馳す。
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 バッグの中では、携帯電話が別れを告げるよう、鳴り続けている……







 最後の一文に“。”がないのは、電話が“鳴り続けている”を再現しています。
 この物語は、フィクションです。